な忘れそ
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私はダンスは新米ではあるが自信は相当ある。ジャズ、タンゴ、狐足、ワンステップ、何でも御座れの横浜仕込みだ。今やっているのはスパニッシュ・ワン・ステップのマルキナものらしいが、相当浮き浮きした上調子なもので、階段を上って行くうちに給仕の肩に手をかけたくなるような魅惑を感じた。 桜木町から二円を奮発した私が、内幸町の丸の内倶楽部へタクシーを乗り付けたのが午後の八時半頃であったろうか。実は女風情の言う通りになるのがこの際、少々業ではあったが、自動車に乗り込むと同時に気が変って、狭苦しい迷宮じみた下六番町あたりの暗闇を自動車でマゴマゴするよりも、解り易い丸の内倶楽部へアッサリと乗付けたい気持になったからであった。 彼が日本で使っていたドライバーは、温厚そうな初老の紳士しんしだったはずだ。灰色の帽子ぼうしを被かぶり、制服をきちんと着た中肉中背の男だった。いつでも白い手袋てぶくろをしていて、車は完璧かんぺきに磨みがき上げている。確かに引退してもおかしくない歳としだったが、新しい人事はあまりにも斬新ざんしんすぎる。関連項目:アニマルJOE