夏来たりなば
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桜木町から二円を奮発した私が、内幸町の丸の内倶楽部へタクシーを乗り付けたのが午後の八時半頃であったろうか。実は女風情の言う通りになるのがこの際、少々業ではあったが、自動車に乗り込むと同時に気が変って、狭苦しい迷宮じみた下六番町あたりの暗闇を自動車でマゴマゴするよりも、解り易い丸の内倶楽部へアッサリと乗付けたい気持になったからであった。 いつもの通り病院を仕舞った私は、雨上りの黄色い夕っていると、そのうちに黙って給仕をしていた妻の松子がフイッと大変な事を言い出した。 それは単に赤く塗ぬり潰つぶしてあるわけではなく、深紅しんくの塗料とりょうを使った壁画へきがだった。精密な模様の所々に、人物や家畜かちくや、神と思おぼしき姿が描えがかれている。流れたての血にも似たただ一色で、二十畳程じょうほどの部屋を埋うめ尽つくしていた。壮観そうかんだ。関連項目:ショートプログラム